しなるラケットはボールを掴んで飛ばす

ボックス形状でフレームが薄めのラケットに対する感想

WilsonのPro staffに代表されるボックス形状でフレームが薄めのラケットは愛用する人がずっと居て、ラケットも改良されつつもメーカーの主要ラインナップとして残り続けています。

こういった仕様のラケットについて語られる内容で多いのが「ラケットがしなる」「球持ちがいい」「ボールを掴む感覚」「コントロール性がいい」といった言葉です。ボールを打った際の”打感”に対する感想としては分かりますが、これらが何を意味するのかを少し考えてみたいと思います。

インパクトにおいて、ボール、ラケット、ガットはそれぞれ変形している

ラケットスピードの速さにもよりますが、ボールとラケットが接触するインパクトにおいて、一番大きく変形するのはボール、次にガット(延びてたわみ、ガットの目が広がる)、最後にラケット(しなり、ブレ、歪み)です。

動画: ボールの変形

動画: インパクトにおけるボール、ガット、ラケットの変形


ボールとラケットが接触しているインパクトの時間は0.004秒しかなく、ラケットとガットかは離れる際ボールが最初に復元し、ボールが離れるのに合わせてガットも復元していき、ラケットのしなりやブレが復元するのは完全にボールが離れて暫く経過した後です。

スイングによって生じるラケットの運動エネルギーがボールに伝わり、ボールは飛び、回転が生じる

スイングによって速度を得たラケットは運動エネルギーを持ちます。ラケットの持つ運動エネルギーは「1/2 x ラケット重量 x ラケットスピード^2 (2乗)」で表せます。

ラケットとボールは固定されていないのでラケットの運動エネルギーがボールに伝わるには “接触” が必要ですし、手で掴んで直接投げるのと違いラケットからボールに伝わる運動エネルギーには “伝達上のロス” が生じます。

ボールを投げる テニス ボールとラケット

この伝達ロスが生じる要因は、“ラケット面の中央に正確に当たらない”“ボールの打出し角度・方向に対して著しくラケット面の角度、スイング軌道がズレていてカスレた当たりになっている”等がありますが、ラケットとボールが接触した際のラケットやガットの変形も大きく関係します。

ラケットがしなるということ

一般的にフレームが薄いラケットはフレーム形状がボックス形状であることが多く、ボールを打つ際に「しなる」と表現されますが、インパクトにおけるラケットのしなりは、「ラケットの運動エネルギーが損なわれる要因(しなることでボールに伝わる運動エネルギーが逃げる)」になります。

しなりが復元するのはボールが完全に離れて暫く経過した後なので、プールの踏切台やトランポリンのように「しなりが戻ることで逃げたパワーを回復すること」ができません

よく「しなるラケットはボールをギュッと掴んでから飛ばす」とよく言われますが、実際は “ボールが離れるまではラケットはしなりっぱなし” なのでしなりが復元することでボールが飛ぶという表現は正しくないだろうと思われます。

一方、フレームの厚いラケットは”フレームのしなり、歪み、ブレが発生しにくく、インパクトでラケットからボールに運動エネルギー際のロスが少なくて済みます。最近のラケットは素材の変更でフレーム厚の違いを問わずフレーム自体がどんどん「硬く」なっているので尚更です。

フレームの厚いラケットは「パワーがある・ボールが飛ぶ」と言われますが、この「変形しにくさ」がその理由の一つだと思います。

ラケットにおいて「ボールが飛ぶ・飛ばない」というようにフレームの厚いラケットがなにかしらの理由で「ボールをよく飛ばす」ような印象を持たれますが、ラケットにおけるボールの飛び具合はフレームの変形度合いによってラケットからボールに伝わる運動エネルギーのロスが大きいか少ないかということです。ロスが小さければ飛び、ロスが大きければ飛びません。

ラケットの代わりに金属バットでボールを打てば比べ物にならないくらい遠くまで飛ばせるのは分かると思いますし、フレームの薄いしなるラケットが飛ばない理由もこれで説明できます。

野球でも木製バットは金属バットよりも飛びませんね。

野球のバッティング、遠心力

ラケットがしなる感覚と実際のボールの飛び

ボールが離れた後にラケットのしなりは回復するわけで、一般に言われる “ラケットのしなり”に対する感想はあくまで人間の感じる感覚の話で純粋にボールに力を伝えるいう意味ではマイナスだと思っています。

また、「しなるラケットは球持ちがいい」「ボールを掴む感覚がある」と言われますが、それなりに速いスピードでスイングするなら「しなるラケット」も「しならないラケット」もインパクト時間は0.004秒で変わらないはずです。

ラケットがしなる分、ボールが離れるのが多少遅くなったとしても2倍の0.008秒にすらならないだろうと思います。つまり、しなりとラケットとボールの接触時間 (いわゆる球持ちの長さ)は人が感じるような違いは起こっておらず、あくまで人間が感じるものに過ぎないのでしょう。

また、「しなるラケットはコントロール性がいい」と言われますが、フレームがしなる、ブレるということは、フレームが全くしならないラケットで打つのと比べると “必ず少しずつインパクトにズレが発生してしまうはず”で “しなり具合は毎回違ってくるでしょうからそのズレも毎回一定とは限らない” と推測します。これも「ボールが飛びにくい」ことと「感覚がいいと感じる点」で人はコントロールしやすいと感じてしまうのではないでしょうか。ごくごく単純に言えば恐らく「しならない、ブレないラケットの方が同じ所を狙いやすい」はずです。

フレームが薄いラケットが劣っているということではなく、正確に把握する方が道具をより理解できるだろうということ

私は薄めのボックス形状のラケットが好きですし、こういうラケットを否定する意図は全くないのですが「しなるラケットはコントロール性がいい」というのも「昔からのあるラケットを使い続けている人達のイメージ」とそれを利用しようとするメーカー側の意図が混ざりあったものではないかとも思ってしまいます。

約20年前にピュアドライブに代表されるフレームが厚くボールが飛びやすいラケットが「初心者心者から上級者まで万人が使えるラケット」と評判になりました。木製バットよりも金属バットの方が扱いやすいのは当然なのでこういったラケットが万人受けするのは当然です。

逆に、昔からのフレームの薄い「しなる」ラケットに慣れ、愛用される方からするとフレームの変形が少なく、より小さいロスでボールに運動エネルギーを伝えられるラケットは「(しなるラケットを基準にすれば) 自分の意思以上に飛んでしまう」と感じてしまうことは想像できます。フレームがしなる分で”生じるズレ” がないことすら違和感であり、それも”飛ぶ”と感じてしまうかもしれません。

フレームが厚く変形しづらいラケットはエネルギー効率から言えば満点の回答なのかもしれませんが、人がラケットに対する評価に用いるのは “打感”であり、それをどう感じるかがラケットの評価になってしまいます。

別の場所で書いたようにラケットの性能は メーカーが敢えて設定した”打感” の違いほど、各ラケットで差がないはずです。(条件的に性能差をつけようがない)

ただ、フレームが薄い”しなるラケット”を愛用する方も、周りが言うままに「しなるラケットは球持ちがよくコントロール性も優れる」といった感想に同意するのではなく、フレームの厚さからくるラケットの変形の違い、ガットの変形の違いがどういった意味を持つのかを理解することは大切だと思います。

昔から続くフレームが薄いラケットがこの先もずっと続くとは限りません。現にWilsonのPro staff然り、HEADのPrestige然り、フェイスサイズやフレーム形状は現代テニスに合わせて少しずつ変わってきています。

pro staff 90

「フレームの厚いラケットは飛びすぎるからダメだ」と偏った視点でしか見られないことは、道具を正しく理解しようとすることとは乖離してしまっているはずです。

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